2017/07/01 12:31



上海。心躍る響き。


12年振りの上海。アパレル勤務時代に生産工場への現地検品や開拓に出向いたのが2005年のこと。当時から中国の他の土地と違って独特な雰囲気のあるコスモポリタンとして輝いていた街。発展が早かっただけに東京と変わらない印象を持った街。

とは言っても仕事で行っただけに郊外の工場と夜の宴の往復に終始し、奥深くまで街を探ったわけでもなく。時が経ち職も変わって今回は雑貨の仕入れを目的とした再訪だったものの、仕事である事には変わりなく。やはり上海はいつまでも商都なのであろう。

世の中は大型連休真っただ中の火曜日の羽田空港から旅は始まった。今回は中国茶器の周辺小物といわゆるシノワズリー的な雑貨に的を絞り、上海と浙江省を含め6日間の旅程を組んだ。初日は完全に移動のみ、前半戦で浙江省杭州、後半戦は上海市内でのリサーチ・買付けと、少しばかりの観光を楽しむために日程調整した。仕事で中国を往来する日本人たちは概して中国が嫌いなことが多い。独特なビジネスマナーや中国人のバイタリティの高さ、慣れない脂っこい料理と一瞬にして意識が吹き飛ぶ白酒(バイチュウ)に根負けするのか、3日目あたりから正気が吸い取られて嫌気がさす。そんなビジネスパーソン達は突如出現する合間時間があっても観光をする事が無い。いや、そんな余裕も無いのであろう。ビジネスは中国の片翼側でしかないのに。本当の中国の姿はもう片翼側に潜んでいるはずだ。だからこそ我々は仕事と同じくらい観光にも誠意を持って取り組むべき、全身全霊でこの国を味わうべきと考えている。(遊びの言い訳だが...)

私たちを乗せたボーイング787は正午過ぎの上海虹橋空港に着陸中国版新幹線として知られるCRHの出発地である上海虹橋駅へ地下鉄を使って横移動。同じ虹橋なので所在は同じと思っていたが、2駅も先へ移動する必要があった。中国の建造物はスケールが大陸サイズなのでちょっとした横移動にも骨が折れる。CRHはドイツシーメンス社製の弾丸列車で最高時速は380km/h。遅延もなく安定した走り。このCRHも導入当初は世界各国の技術移転で成り立っていた代物だったが、いつ頃からか自前の製造に切り替わり猛スピードで路線網も中国全土へ延びて行った。この日の最高時速は350km/h、約1時間程度で杭州東駅に到着。巨大IT企業「阿里巴巴集団」も本拠を構える、商都上海に真っ向から対抗する近代都市が目の前に出現した。

中国茶芸の世界はご存知の通り奥が深い。広大な中国大陸にはその土地土地に根付いた茶文化がある。代表格は福建省出身の烏龍茶、80年代頃からサントリーのウーロン茶が普及したお陰で日本人にも馴染みが深い。緯度が同じく湿潤な台湾でもメジャーだ。香港を含む広東エリアで愛されているお茶は遠く雲南省出身の普洱茶、発酵した茶葉を円形に固形化して持ち運び易く加工されるため、広い大陸内に流通する素地があった。ちなみにここ杭州含む西湖エリアでは龍井茶が有名、日本茶に近い無発酵の煎茶である。
中国人の生活の中において「茶文化」の占める重要度は我々が考えているよりも高い。20年前、私が中国に出入りを始めた頃、古い客車列車が主体だった中国国鉄には各車両ごとに石炭が燃料の旧式給湯器が設けられていた。乗客は老若男女、ほぼ全員が茶葉を摘めたマイボトルを常に常備しており、お茶が無くなると給湯器にお湯を足しにいくのだ。そして現代の弾丸列車CRHの設備は当時のものよりすべてにおいてグレードアップしたものの、やはり給湯器だけは変わることなく設置されている。

日本でもなかなかお目にかかれないほどの近代的な高層ホテルで移動の疲れを取り、選びきれないほどの選択肢がある朝食ビュッフェ会場に歓喜しつつ、翌朝からさっそく仕事を開始。私たちの重要な取引先である、夫婦お二人で経営されている茶道具専業のお店から訪問。このお店は経営の主体を妊婦の若奥様が取り仕切っている。セレクトも女性目線なので良い意味で物腰柔らかいイメージのフィルターがかかっている。近年の茶器のトレンドは一揃えが同じデザインで統一されている器セット、これらは贈り物としての需要が高いようである。それに旅遊茶具といわれるピクニックセットなども登場。以前は紫砂焼の小さな茶器に茶海、茶杯と聞香杯はそれぞれ別々にセレクトするスタイルが一般的だった。中国大陸における茶芸は、以前はお金持ちの道楽としての側面が高かったが、近年は生活レベルも変化してより生活に根ざした、カジュアルな楽しみ方に変化を遂げているようである。
夫婦で切り盛りしている比較的新しい店である事は前出の通りであるが、興味深いのはその役割分担。商談中、セールスや在庫確認、モノの出し入れや売り上げ計算など取りまとめはすべてお腹の大きな奥様が動き回られているのに対して、若い旦那様は茶芸に夢中で微動だに動こうとしない。「主人」が「客人」に対してお茶を振る舞うという典型的な図式がそこにあるのだが、そこに近代中国の男女の姿があるように見えた。ここに限らず茶道具のお店は実質的な経営を動かしているのがご主人ではなく実は奥様という場合は多い...。

茶玩は中国茶芸における箸休め的な隙間アイテム。愛らしい風体の玩具は茶盤の上でお湯やお茶を掛けられる存在。中国の吉祥的な意味合いを持つキャラクターが多く、豚や蛙、龍など多くの場合は伝説上も含め動物であることが多い。主人と話をしながら提供された茶に思いを巡らせ、視線の先にある茶玩を賞でる。この茶玩、もう一方の茶藝の本場である台湾では実はマイナーな存在である。選択肢は大陸のほうが断然多い。
茶芸には関係の薄い物ではあるが、ラタン製のバッグも以前は見なかった代物。円形の秘密は普洱茶のカタチに関連している。おそらく昔からあった伝統的な保管用の筒をバッグ状にして現代的にアレンジしたものだと思われる。