スモッグのせいもあるのだろうか、曇りがちの杭州で数日を過ごし、CRHで次なる目的地である上海へ戻る。ご褒美の観光も兼ねての上海滞在。仕事上の利便性もそうだが12年の歳月を体感できるような場所に宿を取りたいとの思いから、今回は南京路のほぼ中心にある老上海ホテルに宿泊した。
南京東路歩行街といえば言わずと知れた「おのぼりさん」の街。東京で言えば浅草六区、大阪で言えば新世界のような典型的なオールドタウン。界隈の飲食店は中国各地からの観光客を相手にするため、わざと店構えを古臭くし給仕も地方出身者ぞろい、そして中国各地の郷土料理を出すタイプの店が多いようだ。今ではあまりお目にかかれなくなった老上海の国営百貨店も多数所在する。若い上海人はわざわざ近寄らないような地域だが、この古き良き中国が鮮やかに残された古典エリアには、それだけに時の移り変わりが凝縮していた。
特に興味深かったのが南京路からそう遠くない福州路の書店街と、浙江中路を南下した先にある新疆街である。福州路には大小の総合書店や文具店が連なり、上海の本好き達が朝9時ごろの開店から夜の22時の閉店まで、各自思い思いに時間を過ごしている。私たちが立ち寄った書店は、新刊書店のようだがなんとグラム売りというダイナミックなシステム。書籍背面の定価はさておき、量りに乗せて総量で価格が決まる。もちろん滞在中何度も通う事になった。新疆街は言わずと知れた回族(イスラム教徒)が集まるエリア。羊串など独特な匂いが辺り一面に漂っている。そんな街角の背後には、浦東のランドマークであるおなじみ東方明珠電視塔が、やや遠巻きに街を見下ろしている。
農民画は1950年代の共産党下の中国でプロパガンダアートとして発生した。農作業に勤しむ農民を賛美して、農業の豊作を祈るために農村で自然発生したと言われる民間芸術。陝西省戸県、山東省日照市、上海では金山農民画村が有名な産地と言われている。剪紙(切り絵)や版画、刺しゅうなど様々な表現方法があり、ポップな色使いで素朴かつ暖かみがあるのが特長。書店街で訪れた画廊では主に手刺しゅうの農民画を蘇州周辺の農村から収集しており、農民の内職手刺しゅうなだけに作品一つ一つの表情がまるで違う醍醐味がある。
シノワズリとは仏語で言うところの中国趣味。上海のフランス租界から発生した世界観で、基本的にはヨーロッパ人のフィルターが掛かった中国観のことを指す。古くは17世紀頃のヨーロッパで流行、ボーンチャイナなど当時東インド会社が行っていた中国から欧州への白磁や漆器の輸入貿易に由来する。女性的な柔らかい色調、華洋折衷の異国情緒的な装飾、シンメトリーなどいくつかの共通した特長をもつ。チャイナモダンのインテリアスタイルとしてシノワズリ雑貨は多用される。本場はやはり上海。その空気感が色濃く残っているのが外灘の建築群や旧フランス租界エリア。新天地や田子坊などのアートエリアに点在するライフスタイルショップでは、シノワズリの現代解釈的なインテリア小物に出会う事が出来る。
上海を訪れた旅行者の多くがまず目指すであろう黄金の観光ルートは南京東路→外灘→そして、ここ豫園。国内外の雑多な観光客で賑わうこの地は、幼い頃に横浜中華街で感じた異国感やワクワクする空気をそのまま巨大化したような楽しい街である。中国人は自分たちの文化的強みを良く知っていると思う。彼らは文化や様式を頑なに守る、それが大きな力になる事を自分自身で理解している。バンコク、クアラルンプール、ロンドン、パリ、NY等、世界各国には大小様々なチャイナタウンが存在するが、どの都市においてもエスニシティとしては最大勢力で街を築き上げていることが多い。そしてここはチャイナパワーの総本山として、圧倒的な活気を感じることができる。そんな豫園の周囲には、あまり知られていないが卸売りを主体とした商場が複数存在する。商場とはいわゆる市場のこと。日本では卸売の市場=プロフェッショナルの仕事場として認識されるが、ここ中国では一般人の利用も可能。通路にはゴミも多く非常に汚いものの、そこには目眩く物欲のカオスが広がっている。
各商場にはある程度の専門性があり、地下を含めて4-5層建てになっている。玉器や真珠、衣料品や服飾小物などには上海市内各所に専門商場があるが、豫園の商場は雑居ビル型の混在タイプであり、取扱品はフロアで入り交じっている事が多い。玩具や学童用品、婚礼雑貨、骨董、書画、インテリア小物、弱電製品などなど。玉石が入り交じっているため目利きが必須だが、文化や様式を頑なに守る力強い中国らしさが随所に感じられ圧倒される。
中国結芸は漢の時代までさかのぼる事が出来る伝統的装飾結びのこと。文革時代に一時は退廃芸術として禁止されていたようだが、対岸の台湾では伝統として守られ、服飾や玉器・家具・楽器などに装飾として多用されている。中国語で「結」は「吉」と発音が同じであり、健康や長寿・平安などの意味を持つめでたい飾りである。数種類の基本的な結びとそれらの組み合わせから成るもので、韓国の伝統結びや日本の水引きも同じルーツとされる。商場の中においては婚礼用品のエリアに赤い中国結芸を多く見る事ができるが、細かな物としては中国茶器に関連して茶壺と蓋を結う「平結」などに転用したり、結びにビーズを併用する事でオリジナリティの高い加工ができる魅力がある。
今晩から数日間、北方からスモッグが降りてくるらしい。同行してくれた友人の方さんは「汚い空気が北から下りてくる」と表現した。世界の工場となった現代中国であるが、昨今では成長率も鈍化し始めており工場自体も郊外移転、さらに内陸移転が積極的に始まっている。ここ数年は重い環境汚染に悩まされているのはすでに周知の事実であるが、中国の場合、急速な工業化のほかに砂漠を内陸に抱えているという地域要因も影響している。内モンゴルの砂漠の砂塵である。砂というのは粒子が細かいがために、吹き荒めば数日間も空中に舞い上がる。北京に代表される北方のエリアはこれら砂塵の影響をもろに受けるために街全体に埃っぽく、喉もイガイガするので路上に痰を吐く光景が目につき易い。視界全体が毎日何となく黄色い。しかし広州など南方になると、さすがに砂漠も遠いので印象はガラリと変わり、風景的にも瑞々しくなる。上海は位置的にちょうど中間になるため、上海人は「北から下りてくる汚い空気」に過敏になるのかもしれない。
日曜日の朝、平日と違いまだ静かな街の屋台からはシェントウジャン(鹹豆漿)や油条の湯気が立っている。物価の上昇が著しいこの上海の街でも、これら庶民の朝ご飯の価格はまだ守られているようで、6元(日本円で100円程度)もあればこの伝統的な朝食にありつける。石庫門様式と言われる上海独特の華洋折衷の伝統住宅も日に日に高層マンションに取って代わられ、大きさだけが取り柄のフラットな景観に変化していく中で、南京東路周辺にはまだかろうじてだが庶民一般の生活が残っているように思う。石庫門は弄堂(ロンタン)とも呼ばれる長屋方式の多層建て住宅で、英国のアパートメント構造と江南地方のシンメトリーな中華様式が混じり合った建築。租界地区の景観に見事に融和する。北京で見られる胡同(フートン)の低層四合院様式の建物とはまた違った趣がある。後世に大切に残してほしい魅力のある景観だと思う。
古典飾り金具は、中国明清代調の伝統的な家具や調度・建具に使用される真鍮製の金具。扉用途の引き把手やドアノッカーなどはレプリカとして現代でも販売されている。富を連想する銭や吉祥のモチーフが図案化されたものが多く、幸せの象徴である赤色との相性も抜群。モダンシノワズリとして、アイデア次第では思いもよらない現代的インテリアの中に利用される事も少なくない。
今夜の最終便で東京へ戻る。結果昼過ぎまでを豫園商場で過ごし、書店街の食堂で飾らない上海料理を食し、買付けた荷物をすべてタクシーに詰め込んだのち、高速道路で一路浦東空港を目指すとすでに夕刻になっていた。帰路便は中国発便のご多分に漏れず、離陸の順番待ちで約1時間ほど機内で缶詰になった。東京から約3時間の異国、世界に誇るドラゴンヘッド。
上海。心躍る響き。