2017/08/10 07:00



走る事10分、ミニバスは中尾山の入り口に到着。山間の風光明媚
な里山のなかにレンガの煙突がポツポツと立つ長閑な光景。遠くに大きな登り窯も見える。今年は桜の開花がやや遅れ気味でとくに九州北部の開花が東京より遅れてしまったが、今日の穏やかな気候で一気に開花が始まった。桜陶祭の名の通り小春日和のなかに桜が咲いた里山、それが中尾山エリアである。
桜陶祭にむけて各工房は普段の流通には乗せない基準外のB品を用意している。しかも破格の安値で提供される。一見するとどこに問題があるのか分からないものが多く、焼いている途中に自然発生した小さな小さな黒点や、釉薬が若干だけでも乗り切らなかった箇所がある、よくよく見ないと全く分からない程度の歪みなどが主な理由。この基準自体が高いレベルにあり、弾かれたB品は非常に良心的な価格で取引されている。当然、来場者は大フィーバーである。
それに各窯元は趣向を凝らした模擬店や自由に利用出来る椅子とテーブル、自由に飲む事が出来るやかんのお茶、果てはトイレまで用意してくれている。模擬店で購入した食べ物を自由に飲食することができるので、食事に困る事も無く中尾山ののんびりした空気を丸一日堪能出来る。煙突と棚田のある穏やかな里山の坂道や路地を上り下りしながら宝探しをするお祭りはまさに特別な感覚だ。
各窯元は自社の製品のほかに、城下町としての横のつながりを利用したOEM品の融通を行っているようだ。特に生産機能を持たない商社の製品には当然ながら川上があるわけで、その川上が意外な窯元だったりする事が朧げながらも分かるのも魅力だ。
ちなみに2017年の桜陶祭は過去最大の来客数を記録したようだ波佐見ブームに当惑しながらも各地からの来客にお祭りを心から楽しんでもらうために奔走している地元波佐見の方々に感謝。

送迎バスで西の原エリアに戻り、こんどは麓の「商社」を中心に見て回る。
西海窯OYANEは波佐見最大の商社である西海陶器が運営する大きな展示場。ギャラリーのような2F、巨大倉庫のような1Fの2層建ての店舗。波佐見で言う「商社」とは自社以外の窯元の物も流通させる仲卸業者の事を指す。取扱い数は膨大で、在庫をしていない注文用サンプル品も含めると半日では見切れないくらいの物量がある。波佐見焼は分業の進んだ一大産業の仕組みを持っている。陶土屋、型職人、生地屋、素焼き専業、絵付け専任、窯元、そして商社。それらが波佐見町という地域に固まって所在することで城下町を築いている。それだけに中には大量生産式の巨大なラインを持つ工場のような建屋の窯元もあり、笠間や益子などのいわゆる一社完結の「作家」型窯元とはまるでスケールが違うのも面白い。
ただし誤解のないように...。スケールは巨大でも動かしているのはあくまで人と人。誇りを持ってそれぞれの仕事に取り組む、精度の高い「手しごと」の集合体なのである。

夕方に波佐見を離れ再び佐世保へ戻る。昨夜はあまり散策できなかったので、古くからの中心地である四ヶ町商店街とその周辺を歩く。佐世保は軍港として栄えた歴史もあり、一部に夜の街の形跡が色濃く残っている部分もあるが、駅前と同様に味気ない再開発が着々と進行しているのも残念ながら事実のようである。「させぼ四ヶ町」のアーケード街も北側一帯は築浅の新品集合住宅ビルが占拠しており、米軍向け飲食店が連なる栄町の裏通りとは歴史の関連性も皆無である。そんな中でも少しだけ雑多な雰囲気を残しているのが松浦鉄道西九州線(旧国鉄松浦線)の高架下のガード部分。1935年(昭和10年)から今日まで現存するガード下部分の小径に「入港ぜんざい」の看板を見つけ、その先にあった雰囲気の良いブラッスリー(ぜんざいの看板主)に入る。「入港ぜんざい」とは長崎県北のご当地グルメのようで、なんでも海軍さんが長期間の航海から母港佐世保に戻る前日に船上で振る舞われるぜんざいの事。ムギハンPLUSは地元の若者達の支持を集める洋食居酒屋のようだが、ここで登場する入港ぜんざいにはたい焼きが乗せられていて、佐世保では有名店のようだ。看板の洋食料理も丹念に作られている印象があり、量的にも大満足。とにかく長崎県は食べ物のクオリティが高い。

最終日、晴れ渡った佐世保の朝の街を散策する。どうやら東京は晴海から来たらしい「あまみ」という名の海上巡視船が港に停泊していた。日本には陸続きの国境というものが存在しないが、ここ佐世保は海上とはいえ国境の最前線が遠くないことを再認識する。きれいに整備された近代的な客船ターミナルには平戸や五島、西海の島々に渡る小さめの渡船が多く発着しているようだ。さらに裏手には「佐世保朝市」のプレハブがあるものの日曜日は営業していない。周囲には代替わり前の古い客船ターミナル棟、さらに昔は賑わっていただろう商店跡がある。海岸線自体も埋め立てが進み海側へ移動したことで、新旧が明確に境界を区切って併存する不思議な町並みが出来上がったようだ。

帰路便の時間があるので佐賀空港に14時までに戻る必要があるが、それ以外は自由行動。日曜日のため商社は定休日なのだが、やはり後ろ髪を引かれる波佐見の県道1号線沿いを時間の許す限り堪能することにする。
和山窯は波佐見焼きの代名詞である「くらわんか」碗の伝統を現代にスマートに昇華させた、デザイン性の高い窯元のひとつ。Hachi-Houという角皿のシリーズは優しい色調の釉薬が特徴で、使い易いサイズの平皿や小鉢がバランス良くデザインされている。広東碗のシリーズは質実剛健のくらわんか碗のシルエットに現代的なモチーフの絵付けが融和したアイテム群。他にも長崎伝統のハタ(長崎凧)の特徴的な絵柄をモチーフにした絵付け小皿や、代表作のフラワーパレードなど、特長と魅力のある製品を揃えている。「工場が動いている平日ならば、後ろの工場の生産風景もお見せできたんですけどね...」ととてもフレンドリーに応対いただいた。某牛丼チェーンで不採用になったという非常にレアな試作品(もちろん非売品)を内緒で見せていただいたのだが、本採用の九谷風の絵付けよりも断然魅力のある藍色の器で、なぜ不採用になったかが不思議なくらい良く出来ていた。このように、波佐見の器は日常使いが似合うベーシックさが最大の魅力なのだと感じた。

時間は読んでいたつもりながら、下道で帰る佐賀空港までの道のりは思った以上に時間がかかった。とくに嬉野を過ぎたあたりから始まる平野と湿地帯は遥か東京まで永遠と続くのではないかと思えるくらいに真っ平らで、結果的に空港でレンタカーの返却を済ませ自動チェックイン機まで走ると、締め切りギリギリのタイミング。我々は慌ただしく九州の地を離れた。
翌日、佐世保のホテルから東京の自宅に別送した器たちが無事に到着。箱を開けると西の果てから届いたのんびりした空気と一緒に、選びに選んだ有田・波佐見の陶磁器が目を楽しませてくれた。これからは「波佐見通い」も恒例行事化しそうである。