2017/11/20 00:14
檳榔樹の島。ペナンを中国語で表記すると「檳城」となる。マレー語では「Pulau Pinang」。
檳榔(ビンロウ)とは広く東南アジア地域からインド洋周辺まで嗜好品として愛用される噛みタバコに似た種子のこと。少量の石灰と一緒に噛ん で使用し、噛む事で赤く染まっていく唾は飲み込まず地面へ吐き捨てる。ニコチンと良く似た興奮・刺激などの作用があり、依存性が高く口腔がんの直接の原因にもなり健康に良くないとされる。台湾の南部地域の街道沿いでは過激で露出度の高い衣装の若い女性達「檳榔西施」が派手なネオンサインとガラス張りのドライブスルーボックスからトラックドライバーに向けて檳榔を売る光景が見られる。南国だけに存在する身体に悪く低俗な古い悪習慣、そんなビンロウ樹が生える島。なんて魅惑的なネーミングだろうか。
この島は日本人にとってはわりと古くから馴染みのあるリゾート地であった。バブル末期の1990年代後半までは成田から週2便のマレーシア航空直行便が存在したほどだ。今となっては海外リゾートの選択肢は細分化し多岐に渡るようになったが、団塊世代が婚期を迎えた1980年当時のハネムーンといえば王道のハワイ、または添乗員付きパック旅行の新しい選択肢としてシンガポール経由バリ島、または同じくペナン島がメジャーな旅先となっていた。この世代にとっては「老舗リゾート地」のイメージが強いのではないだろうか。しかし現代の日本人にとってのペナンは老後の海外ロングステイのあこがれの地か、あるいは エレクトロニクス産業の集積地、 製造業の現地法人が多く所在するため海外赴任先としてのイメージの方が強くなっているかもしれない。どちらにしても日本との縁は切っても切れないものがあるように思う。
そしてペナン島は、多民族国家マレーシアの中にあって非常に高い割合の中国系住民で成り立っている地域でもある。マレーシア全土の平均ではマレー系65%、中華系24%、インド系8%の人種比率が、ペナン州ではなんと7割が中華系といわれるほどだ。中華系の独立国家であるシンガポールにも匹敵する比率。このため思い浮かぶ南国ののんびりリゾートのイメージとは正反対に、高度に工業化した側面も持ち合わせているのが近年のペナンだ。ペナン島南部の空港周辺には外資含む様々なメーカーの工場が所在する大きな工業団地があり、橋を渡った対岸のマレー半島側バタワースとともにマレーシア経済の重要な一角を牽引している。
私たちは途中クアラルンプールで飛行機を一度乗り継ぎ、雷鳴轟く豪雨の中、夜のペナン国際空港に降り立った。白い空港専用の定額タクシーに乗り向かうは 乔治市=ジョージタウン。ペナンが誇る古めかしい白亜の高層ビル、コムターにも近い中心地のホテルを目指す。我々にとってペナンは3回目だ。2年前、そして20年前に訪れている。なぜか吸い寄せられてしまうこの街の良さは「時が経過しても変化しない異邦の地」であること。そして「目くるめく食文化」。
マレーシアにはコピティアム(またはホーカーセンター)と呼ばれる素晴らしいシステムのフードコートが存在する。コピティアムとは簡単にいえば半屋内型の屋台街のことだ。コピティアム自体は主に飲料及び大きな「箱」としての食事会場(テーブルや椅子)を提供する大家で、その箱の周囲に各種料理を提供する店子が競い合うように日々料理の腕を競い合っている、というと分かり易いだろうか。今回宿泊するホテルは、2年前の旅で連日入り浸った絶品コピティアムの至近であることが決定打になったほどだ。
コピティアムで食事をする際の流儀を説明しよう。まずは気に入った空いているテーブルに着席する。すぐに大家側の店主(またはその家族)が飲み物の注文を取りにくるので、まずは1人一品ずつドリンクを発注しよう。おすすめはペナンらしくホワイトコーヒーや日本ではなかなかお目にかかれない漢方涼茶、キリッと冷えたタイガービールもアリだ。これで食べる場所を確保したことになる。次に肝心の食事であるが、着席したテーブルの席番号を覚えつつ好みの料理を出す周囲の店子の屋台へ向かう。調理中の食べ物を指差すもよし、別の人が食べている美味しそうなお皿を指差しても良い。1軒の店にとらわれず何軒かハシゴするのもOK。発注の際は席番号を伝えることを忘れずに。待つこと数分、店子の店主(またはその家族)が発注した食事を運んできてくれる。できたてのまま湯気を立てて登場するのだ。支払いはその都度現金で、おつりもすぐに返してくれる。一品ずつはそんなに量もなくわりと軽めなので、1人でも2-3品は余裕で食べることが出来る。グループならシェアすることでたくさんの種類にチャレンジできるだろう。デザートが食べたければデザート屋台も果物屋台もある。もしも貴方が好きならば匂いが独特なドリアン屋台だって選択出来る!もはや無い食べ物はないのだ。
ペナンに来たのなら食べずには帰れない一品、それが「ワンタン・ミー」と「ホッケン・ミー」だ。それぞれ閩南語で「雲呑麺」と「福建麺」。
雲呑麺は「廣式」と表記があることが多く、実際に汁麺は香港で食されている広東式に近いのだが、汁無し麺(ドライ)の場合その色はなぜか黒かったりする。これはブラックソース、黒醤油とよばれる甘味ソースの有無の差で、お好みで選択が可能。黒醤油なしは塩風味のあっさり系広東式、黒醤油ありは甘味のあるこってり系の馬来式に変化する。食紅で表面が赤い昔ながらの叉焼スライスと雲呑がトッピングされ、見た目にも豪華だが価格は4RMから5RM程度。(1リンギット=約25円)もう天国である。
一方の福建麺は蝦の風味が香る汁麺。シンガポールとマレー半島の他地域では焼きそばの形態をとるのが主だが、ここペナンではなぜか汁麺である。Wikipediaの情報によればペナン式福建麺の成り立ちには旧日本軍のマレー半島占領期の歴史が絡んでくるようだ。占領側の日本人が魚介類を買い占めてしまうことで、不要とされた蝦の殻の有効活用からこの極上の風味を持つペナン式汁麺が発達したとのこと。基本的にどこの屋台でも確実に美味しいが、 店により風味付けやトッピングが微妙に異なる。それぞれのこだわりが切磋琢磨してペナン全体の屋台料理のレベルを引き上げてい る。
鹵肉(ローバク)は春巻き状の二度揚げした串刺しの揚げ物。正式には「檳城五香鹵肉巻」というらしい。豆腐や湯葉、香腸(ソーセージ)、魚のすり身、中身は不明だが春巻き(おそらく豚肉と蝦のすり身餡を豆腐由来の皮で巻いたもの)を素揚げした串が10種類程度、半完成状態で陳列してありその中から好きなものを選ぶと、再び揚げ直した上でお皿に盛りつけて提供してくれるシステム。同様のシステムは台湾の鹵味(ルーウェイ)にもあるが、あちらは五香粉スープの煮込み料理であるのに対し、こちらは 五香粉風味の揚げ物。そして史上最高のビールの友だ。この料理はマレーシア広しといえどもペナンでしかお目にかかることがなく、詳細を調べても非常に情報に乏しい。ルーツ的には台湾同様、福建料理ではないかと思われる。
そんな目眩くグルメが低価格で楽しめるコピティアムは基本的に中華系が主流だ。 マレー系との互換性はなく、マレー料理が食べたければマレー系の屋台食堂を別に探す必要があ る。タミル・インド系の場合は単独でレストランを構えている 場合が多く、こちらも互換性は無いので注意 。