2017/12/20 09:00
ショップハウスとは南はインドネシアから北はプーケット付近までのマラッカ海峡沿いの都市に分布する長屋的な建築様式。読んで字のごとく一階に店舗、二階以上が住居になっている一体式の建物のこと。成り立ちは京町家に通じるものがあり、一軒あたりの間口は狭く、逆に奥行きがものすごく深い。 長いものでは奥行き50メートルにもなる鰻の寝床。 このため奥に行くほど採光が取りにくくなるのだが、開放式の中庭を取る事で快適な採光と通気を得ることができる、熱帯気候にも適した伝統的家屋だ。間口の狭さは18世紀当時の税金システムに起因、間口の幅で課税額が変動したためと言われている。さらに一階店舗の入り口が一段奥にオフセットしているのも特徴で、ファイブ・フット・ウェイ(最低5フィート幅の公共通路)と呼ばれている。イギリス統治時代に運用されていた条例の名残という説が一般的だが、中国華南地方の建築様式(広東の唐樓など )にも同じスタイルがあり、これを中華系移民が持ち込んだという説もある。南国特有の急なスコールや照りつける直射日光から歩行者を守るのが目的だ。 これらショップハウスが道路に向かって軒を連ね、連続して大きなブロックとなって街を構成しているため、独特な景観を作り上げている。
それぞれのショップハウスは色とりどりに塗り分けられており、玄関周りや公共通路ファイブ・フット・ウェイにはきれいなタイルが貼り込まれ、テーブルや椅子・観葉植物などで飾られている。家主の装飾スタイルの見せ所でもある。このファイブ・フット・ウェイ、私有地だけに高さレベルがマチマチで、隣家同士に段差があるのが難点。ベビーカーや車いすの使用には不向きだ。そして私有地だけにバイク置き場や駐車枠になっている悲しい例も多々ある。
ペナン旧市街には、このショップハウスが市街の建物のうちの約85%を占め、4,600戸以上が現存すると言われている。その建物の数々を見て歩くだけでも十分すぎるほど異国感を味わうことができる。居住中の一般家庭に飛び込むことはなかなか難しいものの、ギャラリーやホテル、レストランに転用されている物件では、内部の構造をつぶさに観察することも可能だ。(良い保存状態のまま歴史価値を見いだされ管理されたものとしては、マラッカにあるBaba Nyonya Heritage Museumがおすすめ。)
これらショップハウスは歴史背景上、大まかに四世代程度に分類することができる。まず第一世代は1840年代から広まった「華南折衷様式」とよばれるもの。ショップハウスの基礎構造はこの時期に確立されており、現在の歴史地区の建物の基本構造になっている。当時の中国移民が持ち込んだ建築様式で、二階建て構造、左右対称の意匠や一階左右の中国式通気孔などが特徴。良く手入れされている物件から荒れ放題の物件まで、歴史地区から外に出た新市街エリアでも確認できる。第二世代となる「初期海峡植民地様式」は1890年〜1920年代にヨーロッパからの技術が導入されたもので、階高が増し三階建てなども導入された。床面から開く開口の大きいフランス窓が採用されたので通気性や採光が格段に良くなったタイプ。その後の第三世代が1950年代までの「後期型」の海峡植民地様式。化粧漆喰や華美なセラミックタイルで装飾がされた華やかな世代。最後期が1970年代までの「アール・デコ様式」だ。日本の看板建築にも通じるモルタルや金属製の窓フレームが導入された世代で、キャンベル通りの金行街に行くとこのタイプが競い合うように立ち並んでいる。これら各世代の建物は、世代ごとに順序よく立ち並んでいる例は少なく、建物の所有者ごとに年代が入り乱れていることが多い。年代を推測しながら家々の装飾を見て歩けば、いくら時間があっても足りないくらいだ。
ここペナンでは、広東式の本格的な點心・飲茶を安価に楽しむ事が出来る。ペナン在住の華僑は中国東南部、福建省から広東省周辺の出身者が大半を占めるため、彼らの本格的な食文化が持ち込まれそのまま根付く形になった。 ジョージタウンは19世紀半ばまではマレー系、インド系の居住区域だった。中華系の飛躍的な人口増は19世紀中期から後期にあった第二次移民ブーム以降、現在では最大勢力となっているのは前出の通り。それぞれが異なる出身地の華僑たちは、ジョージタウン中心部のそれぞれのストリートを住み分けて居住していた。現在でもその名残は見られ、例えば広東人はビショップ、ペナン、チュリア通りに、潮州人はキンバリー、アルメニアン通りに、客家人はキング、クィーン通りに、福建人は海上の桟橋に多く所在している。
シントラ通りは有名な點心・飲茶店が多いことで知られている。榕檳茶樓(Yong Pin)、大東酒樓(Tai Tong)、桃園茶樓(Tho Yuen)、龍記 茶樓(Leong Kee)などだ。どの店も朝は5時くらいから開店し、お昼の12時を回る頃には早々に店仕舞となる。「港式 點心」の名の通り、朝は中華系の長老たちの社交場として機能する。この光景がまるで香港と同じ時間の流れ方をしているのが興味深い。 點心(Dim sum)店では、まず空いたテーブルに着席。すると近くの老頭児の給仕がお茶の種類を聞きに来るので、ここでは一般的なポーレイ( 普洱)茶を注文しよう。するとお湯の入った茶器類と一緒に段階的な価格表が印刷された厚紙の伝票を持ってきてくれる。伝票にはすでに人数分のお茶代とテーブル番号が記載されている。客はそれを持って自ら蒸気が漂う調理場横のスチーマーへ向かい蒸籠を拾い上げていく。蒸籠の中身は香港のそれとほぼ変わらないメニューと思って良い。 鹹点心では小籠包や焼売、粽子や腸粉、豆腐花など。甘味の 甜点心はスチーマーではなくガラス張りの保温器から取り出す。 他にも粥、麺類のコーナーもあり、あれもこれもと欲張るとブランチ並みに食欲を満たす事も可能だ。茶器と一緒に支給されるプラスチックのボウルは、茶器を洗浄したり温めるためのもの。お湯はセルフ方式で給湯器へ汲みにいくなど、勝手が分からないと戸惑ってしまう独特な作法も存在する。
街の長老達は毎日馴染みの茶樓の、同じテーブルで、同じ時間に、同じ仲間と、同じ話をしながら緩やかな時を過ごしているようだ。好みの1-2品の点心をゆっくり時間をかけて摘みながら、家から持参した中華系新聞を隅から隅まで読んでいる。お茶も出切るまで何度も何度もお湯を汲み足し、ゆっくり飲む。熱帯とはいえまだ空気が爽やかな 朝のひとときを、実に贅沢に過ごしているように見える。おそらく目紛しく忙しい現役時代を過ごしたのだろう彼ら。老いてから初めて真の贅沢と自由な時間を掴み、穏やかに 余生を過ごせる社会を羨ましく感じる。