
深圳には「油画村」という名所がある。深圳郊外の外周を沿う形で走る地下鉄5号線(环中线)を伝い約30分、宝安区と同じような郊外都市の龙岗区布吉镇「大芬村」という街に、中国各地の美大出身者が多く在住しながら日々油彩画を「生産」し続けている集落がある。本来芸術は湧き出るもの、その芸術を「生産」するというスタイルがいかにも中国的、深圳的な考え方だ。大芬油画村は大芬駅から徒歩10分ほど、二つの大型ショッピングモールを横目に進んでいくと中層の雑居ビル型の画廊とアトリエが所狭しと立ち並ぶエリアが出現する。地名は「村」でも実際は人口集中型の大都会だ。
この村を一躍有名にしたのはオランダのドキュメンタリー映画「中国のゴッホ/China's Van Goghs」の公開だった。複製画製作で世界の半分以上のシェアを誇る大芬=ダーフェンで、ゴッホの複製画だけを1万枚以上「生産」しつづけた絵描きシャオヨン(趙小勇)に焦点をあてた作品だ。シャオヨンは湖南省からやってきた出稼ぎ労働者で、独学で身につけた油彩の技術を複製画の作成と販売で生計を立て、同じアトリエで働く妻と一緒に一人息子を養っている(深圳の一般的な農民工の家庭像だ)。納品した自信作が輸出先のオランダで土産物として販売されていたことを知り自信を失うものの、現地で本物のゴッホの絵画に触れ、その後自らの作風を確立しオリジナルを描くという内容だ。シャオヨン含む大芬の画家達の驚くべきは、複製する本物の絵を見たことがないということ。元の題材はスマホやタブレットの画像から確認し描いていく。彩度や色の忠実性などは二の次なのだ。この81分の映画が制作されたのは2016年のこと。2年後の訪問となった2018年の大芬油画村は変化し、複製画よりもオリジナルの製作に比重が置かれ始めているように見えた。
変化の理由は爆速都市深圳の観光名所として認知されだした事実があるように思う。企画展が開催される大きく近代的な美術館が併設され、この土地に古くから存在した客家の古い廟がリノベーションされギャラリーやカフェとして運営されている。そこには落ち着いた空間が演出され、アートを愉しむだけの余裕が感じられるのだ。いわゆる芸術区(北京の798芸術区や上海のM50芸術区など)として再編集され、芸術発信の場としての機能が付加されはじめた空気感を感じた。古い情報では小さな複製画のお土産が店の前に格安ワゴンセールで大量に並んでいるなどの記述もあったのだが、現在の油画村にはそんな土産物の小商いを前提とする押し出しもなく、純粋に画家達のコミュニティーとしてのアトリエ村として機能しているように感じた。
この油画村の成り立ちは今から30年前、客家移民の住む人口300人の農村だった大芬村に香港の画商が20人の職人を連れて移住したところから始まる。ある時にアメリカから一度に10万枚を越える風景画の大量発注があり、この時に中国全土から若者を集めたとされている。複製画はおもに香港を経由して世界中のホテルや土産物店に納品された。複製画は作者の死後50年が経過したものから描かれ、著作権が守られているかを抜き打ちで見回る監視員もいる。複製画を描く人は画工、オリジナル作品を描く人は画家と呼ばれ分けられる。画家へのステップは深圳市の公募展に3回以上入賞すること。大芬油画村にはこうして独立した画家が150人以上在住している。
そして中国のゴッホ、シャオヨン(趙小勇)はこの日も絵筆を握っていた。一躍有名人になった彼だが、偉ぶることもなく現役で自分のアトリエに立ちゴッホの複製画を描いていた。オリジナルに取り組んで以降、作品制作のスピードこそ落ちたものの今もゴッホの習作を描く事に余念がないようだ。通り越しに目が合うと、こちらに向かって屈託のない笑顔で応えてくれた、「你好」。
マッサージ。華南地域においてこのワードは、性風俗産業の入り口のことを指すようだ。娯楽の少ない中国出張では桑拿(サウナ)、按摩(マッサージ)、足浴(フットマッサージ)を息抜きに利用するビジネスマンは多い。中国全土、都市であれば必ず街中に派手なネオンサインがあり、受付でコースを選択すると地域により価格差もあるのが60分から80分の足浴で118元(広州の参考値、日本円で約二千円程度)もあればリラックスしたひとときを過ごす事が出来る。大広間のほうが価格設定が若干安く、大型のマッサージ台が鎮座する個室は高い。施術師は男性も女性もいて、指定がなければ男性客に女性の施術師が、女性客には男性の施術師がつくことが多い。施術師は多くが寮生活の地方出身者で若く、力があり話し好きだ。按摩と足浴は施術メニューが異なるので部屋自体が異なる。足浴は座ったままのチェアなので大広間、按摩はうつ伏せのベッドを利用するため薄暗い個室である。どちらも気持ちが良くて気がついたら寝込んでいた、なんて勿体ない事も起きやすい。
私たちは日中を忙しく市場で過ごし、市場も閉館する午後6-7時くらいに一日のご褒美として足浴店を利用する機会が多い。話し好きの彼らに対し我々は中国語の会話を楽しむほどの語学力を持ち得ないので、話しが盛り上がらない日本人相手の施術師さん達は頭上のテレビに釘付け、というシチュエーションが多い。そしてこの夕方の時間帯はほぼ毎日、各局で抗日ドラマを放映する。悪役日本兵との壮絶な戦いを眺めながら日本人の足底を揉む彼らとの対峙。この何とも言えないアンニュイな時間が、私たちの感じるいとおしい「中国時間」である。
深圳でも夕食前にマッサージを受けると決め、スマホを手に百度地図アプリからホテル近隣の「足浴店」をサーチした。候補は2つ出現し、一つはバス停前の路面店、二つはビル4階の按摩店。クチコミが良いのはビル4階の方だった。大きな吹き抜けのエントランスを持つビルは4階までが店舗、5階以上が事務所と住居になっている大型のもので、2階にレストラン、3階がゲームセンター、そして4階が大きな桑拿(サウナ)。エレベーターを降り薄暗い受付に一瞬疑問が灯ったものの、早く腰をかけたいという思いが勝り判断が鈍った。個室で待つ事10分。戸惑いながら登場した施術師はビックリするほどのミニスカートの女の子で、衣装もお化粧も場違いにケバケバしい。夫婦で入るようなお店ではないという事を悟ったもののすでに時遅し。女の子も力任せのマッサージで東洋医学的な見地とはかけ離れた痛さ。抗日ドラマ以上にアンニュイで辛い60分が過ぎていった。間違いなく性風俗メニューもある「あちらの」お店に闖入してしまったようだった。
実は同じ過ちを香港でも体験した事がある。九龍側は佐敦のごみごみした雑居ビルの同じく「2階」のマッサージ店だった。この時も夫婦で向かったわけだが、衣装が場違いな女性が登場し一瞬困惑した表情を見せたものの、椅子に腰掛けるよう指示しなぜか一本電話をかけ、「ちょっと待っててね」と言ってカーテンの裏へ消えていった。待つ事10分、今度はいかにもご近所風情なオジサンとオバサンが登場。慣れない様子で足湯のバケツを汲みに行き、タオルの置き場もあやふやなまま居心地悪そうに足揉みを続けてくれた。今思い返せばあれも性風俗店で、電話で呼ばれたオジサン達は近所の出張按摩師さんだったのではないかと思う。ワケが分かっていない日本人観光客が性風俗店に迷い込み、無下に断るにも言葉が通じず、やむを得ないので体面だけは付けてくれたのではないか。何とも間抜けな話しである。一方収穫も有った。この時の按摩師さんに勝る腕を持つ施術師さんにまだ出会えないからだ。
調べると香港・マカオ・広東省一帯のマッサージ店はかなりグレーな性格付けの店も混在しているらしい。深圳と広州の中間に东莞という都市があるが、ここの桑拿(サウナ)は性風俗店まがいのサービスを誇るとのこと。見分けは単純。純粋にマッサージだけを受けたい方はガラス張りの路面店へ、性風俗を楽しみたいならビル上階のサウナへどうぞ。この地域に滞在する時は気をつけておきたい四方屋話である。
2018年10月、香港と深圳が中国新幹線の専用軌道、動感号で繋がった。従来は陸路を乗り継いで2時間以上かかるルートが30分以下で簡単に行き来する事が出来るようになった。続いて珠江デルタ地域の大事業、港珠澳大橋も開通。こちらも従来高速船でのみ往来できる香港〜珠海・マカオ間が総延長55kmの一本の壮大な橋で直接繋がったため、利便性が飛躍的に上がった。
ただ利便性と引き換えに広東語や広東文化が薄れてしまわないかが大変心配でもある。グローバリゼーションは世の中をフラットにしてしまう。ブルース・リーやジャッキー・チェンでおなじみの広東語の独特な響きや世界観が大好きな日本人にとって、広東省のど真ん中にあるのに広東語が一切通じない平らな街、深圳の存在はある意味不気味とも言える。
